「最近、ちょっと不思議な事があるんですよね。」

花がうっかりそう言ったのは、長閑な昼下がり、二喬姉妹と尚香のお茶会に招かれた時だった。

公瑾と恋人同士になって呉に残る事を決めて以来、花は公瑾の仕事を手伝っていることも多いのだが、今日は二喬と尚香に半ば拉致されて東屋に引っ張り出された次第である。

もっとも花自身はそれほど公瑾の役にたっているとも思っていないので、公瑾の執務室に向かう途中に二喬に誘われた時も、姫君方のお相手の方が少しは役に立てるだろうと余り抵抗もぜずについてはきたのだが。

そんなこんなでお茶とお菓子の楽しい女の子時間をすごしていた花だったが、いつもの二喬の「最近、公瑾とはどうなの〜?」というお約束の台詞に、ふと冒頭の言葉を零したのだ。

普段は赤くなってあわあわ花の新しい反応に、もちろん3人は食い付いた。

「なになに?何が不思議なの?」

「えーっと、たいした事じゃないんですけど・・・・」

「花さんがそんな風に言われるのは珍しいですもの。私も聞きたいです。」

「本当にたいしたことじゃないんだよ?」

期待たっぷり、という顔を3人に向けられて、花は困ったようにお茶を一口飲んだ。

そして、ぽつっと。

「呼び方が、違うんです。」

「え?」

「呼び方?」

「はい。公瑾さんって、いつもは私の事、「花殿」って呼びますよね?」

「でも、二人の時には「花」なんだ〜。」

にまにまと大喬にそう言われて、花はぱっと顔を赤くする。

「あの、えっと・・・・はい。」

「きゃー!公瑾、恥ずかしい!」

「しょ、小喬殿。」

この場にいない公瑾が聞いたなら鉄壁の笑顔にヒビの1つや2つ入りそうな小喬のからかいに尚香が苦笑する。

けれどすぐに花の方を向いて首をかしげた。

「でもそれなら不思議ではないですよね?」

「だよね〜。人前では敬称がついてて、二人っきりの時だけ呼び捨て、なんて恋人同士にはよくあるよね。」

あっつあつだね!と笑いながら机の上のお菓子を頬張る大喬に微妙な笑顔を返しつつ、花は「それがね」と話を継いだ。

「最近気が付いたんですけど、公瑾さんが人前でも「花」って呼ぶ時があるんです。」

「人前?」

くりっとした目で続きは?と促してくる三人に、花は湯飲みを手の中で転がしながら思い出すようにして言った。

「前は私も二人の時だけ呼んでくれるのかな、と思ってたんですけど、時々あるんですよね。誰かいるのに私の事を「花」って呼ぶ事。なんでかなって思うんですけど、毎回っていうわけじゃないし。そのタイミングがわからなくて不思議だなあって。」

至って素直に純粋に、そんな疑問を口にして「どう思います?」と顔を上げた花が見たのは。

―― ものすご〜く、生温い目で花を見守る3人だった。

「??」

「そっか、そうだよね。花ちゃんて天然さんだもんねえ。」

「そうですね。まあ、その辺は公瑾もわかっているんでしょうが。」

「絶対わざとなのに、自分の事だとよくわからないんだね。」

うんうんうん、と頷く尚香達に花は驚いて目をしばたかせる。

「み、皆さん、理由を知ってるんですか?」

「知っているっていうか・・・・」

「見てればっていうか。」

「公瑾も意外と大人げないんですよね。」

「え?ええ?」

ますます訳がわからなくて3人の顔を代わる代わる見る花を前に、3人は何故か同時にお茶を飲み。

そして。

「あのね、花ちゃん。人前で公瑾が花ちゃんの事、呼び捨てにするのは」

小喬がそう言った、ちょうどその時 ――

「楽しそうで結構ですね。」

急に割り込んだ第三者の声に花は弾かれたように顔を上げる。

「公瑾さん!」

素直に喜色の交じった声を聞いて、闖入者である公瑾は小さくため息をついた。

「呑気にお茶など飲んでいる場合ですか。仕事が溜まっていますよ。」

「え?でも私が出来る仕事なんてそんなに・・・・」

「何を言ってるんですか。だいたい遅れるなら遅れると誰かに言付けてくれなければ、気が散るでしょう。」

本人は至極迷惑そうに言っているので、一見すると花が悪いように聞こえるが、「ごめんなさい」と謝っている花の横でそのやりとりを聞いていた3人の心中に浮かんだのはほぼ同じ感想だった。

すなわち。

(((連絡がないから気になって仕事に手が着かなかった、と。)))

ある意味素直過ぎる言葉に呆れる3人を他所に公瑾と花の会話は続く。

「尚香様にまでつまらない事を話していないで、行きますよ。」

「はい。それじゃ、大喬さん、小喬さん、尚香さん、失礼します。」

「うん、いーよ。」

「お疲れ様です、花さん。」

「公瑾にいじめられないようにね〜。」

席を立つ花に、3人は思い思いの声をかけ、花は笑顔で頷いて公瑾の隣に並ぶ。

「すみません、行きましょう。」

「ええ。それでは尚香様、大喬殿、小喬殿。」

花を隣において、公瑾は3人を振り返ると・・・・鉄壁の笑顔で言った。





「申し訳ありませんが「花」を連れて行かせていただきます。」





そう言って花の背中に手を添えて歩き出す公瑾と花を、3人は見送って。

「「「・・・・」」」

2人が見えなくなってから顔を見合わせた3人は、同時に小さく吹き出した。

「公瑾ってば余裕なーい!」

「そうですねえ、まさか私たちまでされるなんて。」

「ねー!これは絶対、今度花ちゃんに言わなくちゃね!」

声を上げて笑った小喬は、さっき花に言い切れなかった言葉を言ったのだった。





「公瑾が人前で花ちゃんを呼び捨てにするのは、牽制してるからだってね!」









                                     〜 終 〜










(だと思います。きっと・笑)